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地球史年表・2 新生代~

5 新生代(約6500万年前 - 現代)

 約6500万年前 - 1000万年前
 6千数百万年前 - インド半島の大部分を占めるデカン高原は、膨大なマグマが噴出(…デカントラップ階段と呼ばれる白亜紀末期に噴出した、厚さ2,000m以上の洪水玄武岩で形成された溶岩台地…)して形成された[26]。

 約6550万年前 - 霊長類の出現。
約5500万年前に現れたアダピス類が初期の霊長類と考えられている。これより前の約7000万年前に北米に出現したプレシアダピス類のプルガトリウス(英語版)を最古とする考え方もある。
霊長目でビタミンC合成能力が失われたのは約6300万年前であり、直鼻猿亜目(合成能力なし)と曲鼻猿亜目(合成能力あり)の分岐が起こったのとほぼ同時である。ビタミンC合成能力を失った直鼻猿亜目にはメガネザル下目や真猿下目(サル、類人猿、ヒト)を含んでいる。ビタミンC合成能力を有する曲鼻猿亜目には、マダガスカルに生息するキツネザルなどが含まれる[27]。
5500万年前 - 暁新世・始新世境界で突発的温暖化事件(en:Paleocene?Eocene Thermal Maximum)が発生し、新生代では最も高温の時代になった(始新世温暖化極大・始新世高温期)。その原因として1500Gtのメタンハイドレートの融解などの温暖化ガスの大量放出があり、地表5-7℃の気温上昇の温暖化が起こった[28]。

 4500万年前 - インド亜大陸が北上を続け、ユーラシア大陸に衝突し、ヒマラヤ山脈を形成

 約4000万年前 - 南極大陸で氷河の形成がはじまり、徐々に寒冷化。
これ以前は非常に温暖な時期だった。 → 古第三紀、海水準変動

 4000万年前 - 3000万年前
真猿下目の狭鼻下目(旧世界ザル)と広鼻下目(新世界ザル)が分岐した。一説では、当時のアフリカ大陸で大きな洪水が起こり、倒れて流された大木に乗った真猿下目のサルが当時それ程広がっていなかった大西洋を越えて南アメリカにたどり着いて広鼻下目の祖先となった[29]。

 3000万年前
2色型色覚(赤緑色盲)に退化した哺乳類のうち霊長目狭鼻下目が3色型色覚を再獲得した。ビタミンCを豊富に含む色鮮やかな果実等の獲得と生存に有利だった[24]。

 2800万年から2400万年前
狭鼻下目のヒト上科(テナガザル、オランウータン、チンパンジー、ゴリラ、ヒトの共通祖先)がオナガザル上科から分岐し[30][31]、同時にヒト上科で尿酸を分解する尿酸オキシダーゼ活性が消失した[32]。尿酸が直鼻猿亜目で合成能が失われたビタミンCの抗酸化物質としての部分的な代用となった[33]。

 2500万年前 - 最古の類人猿と思われる化石?
アフリカのケニヤで発見された。

 約2500万年前 - アルプス・ヒマラヤ地帯などで山脈の形成がはじまる。
テチス海※1が消滅し、造山運動により隆起。→ 新第三紀、Geology of the Himalaya
 ※1テチス海 (Tethys Ocean, Tethys Sea) は、パンゲア大陸の分裂が始まった約2億年前ないし約1億8000万年前から、新生代第三紀まで存在していた海洋である。テーチス海、古地中海ともいう。
ローラシア大陸とゴンドワナ大陸に挟まれた海域で、現在の地中海周辺から中央アジア・ヒマラヤ・東南アジアにまで広がっていた[1]。また西側にも広がっておりカリブ海まで達していた[2]。

 2000万年から1600万年前 - ヒト科とテナガザル科が分岐した[34][信頼性要検証]。

 約2000万年前 - 現存する最古の湖の形成。
バイカル湖、タンガニーカ湖。→ 古代湖

 約1800万 - 1700万年前のウマの化石が岐阜県可児市で1961年と1971年に発見されていた。「アンキテリウム属」の1種で、和名「ヒラマキウマ」という。日本最古とされていたが、アジアでも最古級であることが分かった。

 1600万年前頃 - 大和三山の内の畝傍山や耳成山、また二上山もこの頃火山活動していた。
「ステゴロフォドン」の頭骨化石の一部が茨城県常陸大宮市で2011年12月に発見された。

 約1500万年前 - ヨーロッパに隕石が落下、クレーターを形成する。
現在のドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州にあるリース隕石孔、シュタインハイム・クレーター。

 約1400万年前 - ヒト科がヒト亜科とオランウータン亜科に分岐したと推定されている。

 1300万年前 - この頃からヨーロッパ、南アジア、東アジアなどユーラシア各地にも類人猿の化石が現れる。

 約1160万年前 - 最後の生物の大量絶滅。原因は不明だが、落下地点は不明ながら隕石によるものとの説が提起されている。

1000万年前 - 100万年前

 1000万年前 - 約1000万年前にヒト亜科がヒト族とゴリラ族に分岐したと推定されている[37]

 1000万 - 500万年前 - アフリカで大地溝帯(グレート・リフト・バレー)の形成が始まる。
人類誕生に大きな影響を与えたとする説がある。

 約700万年前 - ヒト族はヒト亜族とチンパンジー亜族に分岐したと推定されている[37]。
猿人の出現。直立二足歩行の開始。

 700万 - 600万年前 - 現在最古の人類化石は、中央アフリカ発見のサヘラントロプス・チャデンシスとされている。2002年に報告された[40]。
推定約600万 - 400万年前 - 琵琶湖の形成。琵琶湖は世界に現存する湖の中では3番目に古い湖と考えられている。

 370万 - 100万年前 - アウストラロピテクス(猿人)
最初の人類とされる。一定の道具使用した[41]。

 約250万 - 180万年前 - この頃、石器の使用がはじまった。エレクトス原人が出現する(250万年前)。
丹沢山地の大爆発(約250万年前)面積1万1750km2、降下火山灰のみの体積は2.8km3を超え、火山爆発指数VEIは5。
オルドヴァイ文化、オルドワン石器

 約200万年前[42] - フィリピン海プレートに乗って移動してきた伊豆半島が北アメリカプレートに衝突し、富士山や箱根などの噴火の引き金になった。

 180万年前 - グルジアのクラ川下流の下カルトリ地方ドゥマニスィ(ドマニシ)で発見された化石は、ユーラシア最古の原人として知られる[43]。

 180万 - 150万年前 - アフリカの地を脱してユーラシア大陸の熱帯・温帯に拡散したらしい[44]。

100万年前 - 10万年前

 約78万年前 - 最新の地磁気の逆転
地球磁場は10万 - 100万年ぐらいの不規則な周期で何度も逆転している。この頃の逆転が直近のものである(ブリュンヌ期、約78万年前 - 現在)。これより前の逆転は約250万年前(松山期、約250万 - 78万年前)。
なお、松山期には数回の地磁気逆転イベントが存在する(約100万年前のハラミヨ亜期など)。
 概ね70万年前頃
この頃から10万年周期の気候変動が見られるようになる(詳細は氷期・間氷期を参照)。

画像は最後の氷期のもの
最後の氷期の世界平均気温が約8℃
特に極端なのが北極海などの高緯度地域で、そこでは現在よりも14℃も気温が低かった
 氷河時代
 第四紀氷河時代の編年表
 古気候学







 約50万年前 - 北京原人。

 約40万年前 - マンモスは、北東シベリアで誕生したとされている[45]。

 約23万年前 - ネアンデルタール人の出現。

この頃、温暖期のピーク。
この後、緩やかに寒冷化へと向かい、14万年前頃に氷期のピークとなった。

 約20万 - 19万年前 - ホモ・サピエンス(現在のヒト)の出現。16±4万年前のミトコンドリア・イブ(現生人類の最も近い共通女系祖先)の存在。
アフリカに出現、10万年前頃にユーラシア大陸にも拡大したと考えられている。
台湾沖で新たな原人の化石見つかる。見つかったのは下あごの骨の右半分の化石。発見時期は不明だが、場所は台湾本島と澎湖諸島の間の海域[46][47]。

 約15万年前 - マンモスがヨーロッパに現れた。

 約14万年前 - 氷期(リス氷期)のピーク。
この後、急速に温暖化へと向かった。

 約13万 - 12万年前 - 温暖期のピーク。
現在よりも温暖であったと考えられている。この後、急速に寒冷化し、約11万年前頃から緩やかに上下を繰り返しながら徐々に氷期へと向かった。

 約12万5千年前 - 初期のヒト属による火の利用
日常的に広範囲にわたって火が使われるようになったことを示す証拠が、約12万5千年前の遺跡から見つかっている[48]。

 約10万年前 - マンモスはヨーロッパから北アメリカ大陸にまで生息分布を広げた。マンモスは寒冷な草原での生活に適応していた[49]。

10万年前 - 1万年前

「紀元前11千年紀以前」も参照
 約10万年前 - 現代人(ホモ・サピエンス)がアフリカを出て世界各地に拡がった(アフリカ単一起源説を裏付けるもの[50]。7万年前との説(後述)もある。ミトコンドリアDNAの分析では、現代人の共通祖先の分岐年代は14万3000年前±1万8000年である[51]。

 8万1000年前 - 地球温暖化に伴う海面の急速な上昇が起こっていた。国際研究グループが、気候変動に伴う氷床の拡大、縮小は今まで考えられていたよりも急速に起きる可能性があると発表した。[52]。

 約7万3000年前 - スマトラ島のトバ火山の大噴火。スマトラ島のトバ湖はこの時の噴火によって形成されたカルデラ湖。
ここ10万年ほどでは最大級の噴火とされ、地球の気温が数年間3 - 3.5度低下した。ヒトのDNAの解析によれば、7万年ほど前に人類の人口が1万人以下に激減し、遺伝的な多様性の多くが失われ現在の人類につながる種族のみが残った「ボトルネック効果(遺伝子多様性減少)」があったと考えられるが、これがトバ火山の大噴火に関連すると考えられている。→ トバ・カタストロフ理論

かろうじて生き残った現世人類も人口減少によってボトルネック効果が生じ、その遺伝的多様性はほぼ失われた。現在、人類の総人口は76億人にも達するが、遺伝学的に見て、現世人類の個体数のわりに遺伝的特徴が均質であるのはトバ事変のボトルネック効果による影響であるという。遺伝子の解析によれば、現世人類は極めて少ない人口(1000組-1万組ほどの夫婦)から進化したことが想定されている。遺伝子変化の平均速度から推定された人口の極小時期はトバ事変の時期と一致する。
この学説は6万年前に生きていた“Y染色体アダム”や14万年前に生きていた“ミトコンドリア・イヴ”を想定した学説とは矛盾しない。また、現世人類の各系統が200万年~6万年の時期に分岐したことを示している現世人類の遺伝子の解析の結果もトバ・カタストロフ理論とは矛盾しない。なぜならば、トバ・カタスロトフ理論は総人口が数組の夫婦まで減少したという学説ではなく、そこまで凄まじいボトル・ネック現象を想定している訳ではないからである。現世人類の遺伝的多様性はトバ事変によって、現世人類の人口が一度減少したことを示唆する[6]。一方で、近年の考古学的研究によれば、インドのとある遺跡では現世人類はほぼ無傷でトバ事変前後の年代を生き抜いているという結果も提出されている[7][8]。

 7万年前にヒトが衣服を着るようになり、ヒトに寄生するヒトジラミは7万年前に2つの亜種、主に毛髪に寄宿するアタマジラミと主に衣服に寄宿するコロモジラミに分岐した[53]。
7万年前のヒト((ホモ・サピエンス))の出アフリカ説[54]。
7万年前±1万3000年にヨーロッパ人と日本人の共通祖先が分岐[51]。

 約5万年前 - クロマニョン人
 南フランスで発見された人類化石に付けられた名称である。1868年。クロマニョン人に代表される現代型ホモ・サピエンスを、従来の日本語では新人と呼ぶこともある。
後期旧石器時代にヨーロッパ、北アフリカに分布した人類で、現代人と同じホモ・サピエンス (Homo sapiens) に属し、コーカソイドに入ると考えられる。180センチメートル前後の長身、頭が大きく、直顎で、頤が見られる。歯は小さく、旧人のような眼窩上隆起や額の後退は見られず、乳様突起が発達している。きわめて現代人に似ていたが、筋骨は強壮であったと思われる[5][6]。
約5万年前 - 隕石の衝突でバリンジャー・クレーター(アメリカアリゾナ州)が形成される。

 約4万年前 - オーストラリアに人類が渡島したのは4万2000年 - 4万5000年前である。また、オーストラリア最古の人骨の年代はおよそ4万5000年前である[55]。

 約3万年前 - ネアンデルタール人がこの頃絶滅。
洞窟壁画:現在知られている古いものでは、南フランスのショーヴェ洞窟壁画(約3万年前?)がある。また、ラスコー(約1万8000年 - 1万6000年前)、アルタミラ(約1万4000年 - 1万3000年前)など多くの洞窟壁画がある。

 約3万 - 2万年以前 - モンゴロイドがアメリカ大陸に渡る。
氷期の時代にベーリング海峡は地続きになっていた。この頃、ユーラシア大陸から無人のアメリカ大陸に人類が移り住んだと考えられている。約1万年前頃までには、南アメリカ大陸の南端地域まで到達した。→ アメリカ州の先住民族参照。

 2万6500年前頃 - タウポ湖が大爆発を起こす(VEI8)。

 2万5000年前頃 - 姶良火山が大爆発を起こす(VEI7)。

 約2万年前 - ウルム氷期(最終氷期)のピーク。気温は年平均で7 - 8℃も下がった。そのため地球上で氷河が発達し、海水面が現在よりも100mから最大で130mほど低かったと考えられている(海水準変動を参照)。その後、温暖化と寒冷化の小さな波をうちながら、長期では徐々に温暖化に向かった。

 約1万8000年前 - 日本海に津軽海峡を通って寒流である親潮が流入し、この影響で朝鮮海峡あるいは対馬海峡から表層水が流出した。

 約1万6500年前 - 青森県外ヶ浜町にある大平山元I遺跡から土器、石器が出土している。AMS法による放射性炭素年代測定法の算定による。

 約1万6000年前 - 東南アジアにあったとされるスンダランドが、海面上昇により徐々に後退。
海面の上昇により、他にも、アラスカとロシアの間にあるベーリング海峡(氷期には陸続きだった)の海没や、大陸と地続きだった日本も徐々に島化が進んだ。

 約1万4000 - 約1万年前 - この頃までにヒトがイヌを飼い慣らしたと考えられている。

 約1万3000年前 - 日本列島が大陸から完全に離れ、ほぼ今の形を整えたと考えられている。マイナス約60mの宗谷海峡が海水面下に没した。対馬暖流は一進一退を繰り返しながら日本海に流入していき、約1万から8千年前の間に、現在と同じような海洋環境になったと考えられている。
約1万3000 - 1万年前、温暖化が進行しつつあったが寒冷気候に戻った時期である。グリーンランドの氷河に彗星からの隕石が衝突したのが原因という説もある。北ヨーロッパなどでは「新ドリアス期」と呼ばれている。

 約1万2000年前 - この頃は、こと座(七夕の織り姫星付近)が北極星だった。この頃アメリカ大陸に人類が移動したとされている[56]。
地球の歳差運動により、北極星は25,920年周期で変化している。
約1万2000年前 - ナイアガラ滝の形成がはじまる。
解凍した氷河の水で滝の形成がはじまった。初期の滝は現在より10kmほど下流にあり、年1mほどのペースで後退しながら現在の姿となった。
約1万2000年前 - イスラエルのヒラゾン・タクティット洞窟遺跡で農耕開始以前の人々が宴会を開いていた証拠が見つかっている[57]

1万年前 - 現在
「世界の歴史」も参照
 約1万年前 - この頃、最後の氷期(最終氷期)が終わったとされる。
約1万年前 - この頃、ヨーロッパ中部の火山活動が終息へ。
アイフェル高地(ドイツベルギー)や中央高地(フランス)の火山活動がおおむね終息。ピュイ・ド・ドームは約8,000年前まで活動を続けた。

 前8800年頃、人類が最初に精錬した金属は、銅だった。銅製の小玉がイラクから出土しており、最古の銅製品と言われている[58]。

農耕革命(農耕の開始)
人類史上、重大な事件の1つとされる。この時期より主に磨製石器が使われたことから新石器革命(新石器時代)とも。

 前5300年頃(calBC、暦年補正) - 鹿児島南方の鬼界カルデラで大噴火。
日本周辺でここ1万年間の火山活動の中では大規模なものとされている。 → テフラ参照。

 約4000年前 - 地球上で最後まで生き残っていたマンモスの化石がロシア国内の北極海の島(ウランゲリ島)で見つかっている[59]。

 前5000年 - 前3000年頃 - 完新世の気候最温暖期。
この頃、海面は現在よりも数m(4mから10mまで諸説あり)程度高かったと考えられている。→ 海面上昇、縄文海進。

 前3000年頃(5000年前)初期の文明が現れる。
古代エジプト文明、メソポタミア文明など。
人為による環境破壊が少しずつ表面化。
塩害、塩類集積、森林破壊、レバノン杉など参照。
紀元前後 古代ローマ、漢などの古代帝国が出現。
中世は比較的温暖な時期だったとされる。 → 中世の温暖期。

 14世紀半ば - 19世紀半ば - 小氷期とされる。

 16世紀半ば - 17世紀初頭 - 太陽黒点の活動が低下(マウンダー極小期)。
最近のものでは、もっとも活動が低下した時期とされる。

 18世紀後半 - ヨーロッパで産業革命が起こり、エネルギーの大量消費時代がはじまる。

 1908年 ツングースカの天体衝突
シベリアのツングースカで彗星か隕石と思われる天体が落下し、大爆発を引き起こした。近年の天体衝突では比較的大規模なもの。仮に数時間ずれていたら、ヨーロッパに落下していた。

 1930年代 - 温暖期があった[60]。

 20世紀 - 科学技術の発達、人口の爆発的増加(1980年頃から30年でおよそ30億人増加。2013年1月時点の米国勢調査局と国連データの推計によると70億8800万人。)世界大戦、環境破壊、地球温暖化や資源枯渇の懸念。

 21世紀 - 新エネルギーの開発と実用化。IT、バイオ技術の発展。多極化する世界。




地質時代区分の改定履歴
18世紀には化石の出る地層(顕生代)と出ない地層(先カンブリア時代)、そして化石の出ない無生物の地層を「第一紀」、現生生物とは異なった化石の「第二紀」、現生生物とほぼ同じ生物化石の出る地層「第三紀」と大きく区分されていたが、その後の調査研究の進捗に伴い細かく区分され再定義され続けている。付け加えて国際定義の日本語化に関しては定義の変遷も見られる。Wikipedia内の多岐にわたる地質時代関連記事の更新も随時行われているが、新旧の記述が混在している
新生代の定義に関する議論
詳細は「新生代#第四紀の区分定義決定までの議論」を参照
第三紀は非公式
1989年に国際地質科学連合(IUGS)は新生代をPaleogene(古第三紀), Neogene(新第三紀), Quaternary(第四紀)の3つの紀からなるものとし、Tertiary(第三紀)の語を正式な用語から外した[35]。2008年には、第三紀が正式に非公式用語となった[36]。
第四紀の開始年代
2010年には、人類の時代と定義されている第四紀は、それ以前の時代区分であった新第三紀・鮮新世・ジェラシアン(ジェーラ期)が組み込まれ開始年代が180万年前から約260万年前へと大幅に遡った[37]。
開始年代の改定
2014年から2016年にかけては年代値の多くに修正がなされてきている[38]。
完新世の細分化と太古代を公認
2018年7月には第四紀・完新世の細分化やカンブリア紀の統/世で番号で呼ばれていたものの一部が命名された。また「Archean」の時代区分を、未使用となっている「Archeozoic」由来の「始生代」としていたが「 太古代」へ変更し「太古代(始生代)」と表記することに決定されている[38]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8
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